クレイマー、クレイマー ★★★☆☆☆

原題:Kramer VS Kramer (1979)
監督:ロバート・ベントン
出演:ダスティン・ホフマンメリル・ストリープ


仕事人間のテッド(ダスティン・ホフマン)はある日、家に帰ると奥さんのジョアンナ(メリル・ストリープ)に家を出ることを告げられる。二人の間には、小学生になる息子のビリーがいる。が、ジョアンナは子供は置いていくという。今まで家のことを何もしなかったテッドが学校の送り迎えをしたり、ご飯を作ったりするようになるのだが・・・。


これまた考えさせられる映画だった。こういう映画を観ると、いつも思うのだが、何故人間は愚かなんだけど、すごいことができるんだろうかということだ。人間というのは、潜在能力の30%しか使っていないが、北斗神拳を極めれば潜在能力を100%使うことができるらしいのだが、まあこれは漫画だから良い。何が言いたいのかというと、いつもやる気になって色々なことをしていれば、テッドはジョアンナに家を出て行かれるようなことはなかったわけだ。
ジョアンナが家にいる状態であれば、テッドは100%の潜在能力を使うことはなかっただろう。まあ、だからジョアンナは家を出て行ったわけだが。ジョアンナがいなくなってしまうと、他にやる人はいなくなってしまうので、テッドは自分でやらざるを得ない。で、これができないのかというと、できるんだな。そう、ここが潜在能力の30%しか使っていない話なのだ。
人間いざとなれば何でもできるものなのだ。ジョアンナがいるときにも、同じように100%の潜在能力を使い切っていれば、出て行くようなことはなかっただろう。でも、そんなことができないところに人間の愚かさがある。

でも、ジョアンナのほうに問題が全くなかったのかというと、そんなこともない。何が問題だったのかというと、テッドに対してあきらめの気持ちを持ってしまったことだ。努力をしていたということはわかるのだが、あきらめてしまったところに問題があって、そのせいで最後のシーンのようになってしまったのだ。家にいる状態で、精神科のカウンセリングを受けることも可能だし、仕事を見つけることもできただろうに。そうすればそもそもこのようなことにはならずに、夫と裁判なんて起こす必要もなかったはずだ。まあ、後悔はしているだろうが。

私にも、妻がいるし、子供がいる。もし、こういう風にならないように、妻との間には常に緊張感を持っていて、相手のことを思いやる気持ちというのが大事だと、つくづく思った。なかなか難しいとは思うのだが。

メリル・ストリープも若くて美しいし、ダスティン・ホフマンもカッコいい。卒業のときは、全然かっこよくなかったと思うのだが、この人も年をとってかっこよくなるタイプの人だったんだな。靴をなくした天使は、逆に年をとりすぎていて、どうだろうという感じはあったのだが。

この作品は、第52回アカデミー賞で作品賞を受賞。ダスティン・ホフマンは主演男優賞を受賞、メリル・ストリープ助演女優賞を受賞している。すごいな。